大学院受験を考えている方の中には、研究計画書を「大学のレポートを少し本格的にしたもの」だと捉えている方が少なくありません。
文献を何本か読んで内容をまとめたもの、自分が実務の中で感じてきた問題意識を詳しく書いたもの、あるいは自分なりの仮説や意見を述べたものを、研究計画書だと考えているケースもあります。
しかし、研究計画書は単なるレポートでも、実務経験についての作文でも、自分の考えを表明する文章でもありません。
私はこれまで12年間にわたり、300件を超える研究計画書の添削に携わってきました。その中で、「そもそも研究計画書がどのような書類なのかを理解しないまま書き始めている方が、意外と多い」と感じています。
研究計画書を数多く見ている教員や指導者であれば、その文章が研究の形式に沿って書かれているかどうかは、冒頭を読んだ段階でおおよそ分かります。
少し違う例で考えてみましょう。
ある職場では毎朝、社員全員で社訓を唱和する決まりがあるとします。内心では「この習慣にはどのような意味があるのだろう」と思っていたとしても、その職場で働く以上は、ひとまず決められた手順に従うことが求められます。一人だけ異なる行動をすれば、その場の文化や約束事を理解していない人として、すぐに目立ってしまいます。
研究の世界にも、研究の世界なりのマナーや約束事があります。
研究計画書は、受験者が研究の基本的な考え方や手続きを理解しているか、研究テーマを学術的な問いとして組み立てられているか、そして入学後に実際に研究を進められそうかを、効率よく確認するための書類です。
本記事では、研究計画書とは何か、一般的にどのような内容を書くのかについて解説します。
研究計画書の基本的な構成
研究計画書の書式は、大学院や研究科、専攻分野によって異なります。
ただし、心理学系の大学院で提出する研究計画書は、一般的に次の三つの部分から構成されます。
・問題と目的
・方法
・引用文献・参考文献
大学院によっては、「研究背景」「問題提起」「先行研究」「研究目的」「研究方法」など、より細かく項目が分けられている場合もあります。
一方で、先行研究の整理から研究目的までをまとめて「問題と目的」とする形式も、心理学系の研究計画書ではよく用いられます。
方法については、量的研究と質的研究のどちらを行うかによって、記載する内容が異なります。
量的研究の場合には、一般的に次のような小見出しが設けられます。
・調査対象者
・調査内容、使用尺度
・調査手続き
・分析方法
質的研究の場合には、研究対象者、データ収集方法、インタビューの方法、分析方法などを記載します。
引用文献・参考文献の欄には、本文中で引用した論文や書籍について、著者名、発行年、論文名、雑誌名、巻号、掲載ページなどの詳細な情報を記載します。
問題と目的には何を書くのか
「問題と目的」は、研究計画書の中心となる部分です。
ここでは、まず研究テーマに関連して、現在どのような社会的・学術的問題が存在しているのかを示します。
その上で、これまでの先行研究ではどのような研究が行われ、何が明らかになっているのかを整理します。そして、先行研究だけでは十分に明らかになっていない点、すなわち先行研究の課題や研究上の空白を示します。
最後に、その課題に対して、本研究では何を明らかにするのかを研究目的として提示します。
大まかな流れは、次のようになります。
社会的・学術的な問題
↓
先行研究で明らかになっていること
↓
先行研究で明らかになっていないこと
↓
本研究で明らかにすること
社会人受験者に特に多いのが、自分が実務の中で感じたことや、個人的に考えていることを中心に書いてしまうケースです。
実務経験から研究テーマを着想すること自体には問題ありません。むしろ、現場で感じた疑問は、重要な研究の出発点になり得ます。
ただし、研究計画書では、その個人的な問題意識を、そのまま文章にするだけでは不十分です。自分が感じた問題を先行研究と結び付け、学術的に検討すべき課題として位置付け直す必要があります。
例えば、次のような記述があったとします。
「家庭での家族関係がうまくいっていない場合、学校などの社会的場面でも大人をうまく信用できない。」
一見すると、もっともらしい文章に見えるかもしれません。
しかし、研究計画書を読む側からすると、「これは誰が述べたことなのか」「どのような研究によって明らかになっているのか」という疑問が生じます。
書き手自身がそう考えているだけであれば、研究上の根拠が示されていないことになります。
もちろん、先行研究によって同様の知見が示されているのであれば、出典を明記した上で記載することができます。
例えば、次のように書きます。
「〇〇(2023)は、家庭内における養育者との信頼関係が、学校場面における教師への信頼感と関連することを示している。」
このように、研究計画書の「問題と目的」は、基本的には先行研究を引用しながら論理を組み立てていく部分です。
研究者自身の意見を自由に述べる場所ではありません。
引用のない断定や、根拠の示されていない一般論が多いと、研究に必要なリテラシーや、先行研究を踏まえて議論する姿勢が十分ではないと判断される可能性があります。
方法には何を書くのか
「方法」には、「問題と目的」で示した研究目的を、実際にどのような手続きを用いて明らかにするのかを記載します。
簡単に整理すると、次の四点が書かれている必要があります。
・どこからデータを集めるのか
・どのようなデータを集めるのか
・どのような手続きでデータを集めるのか
・集めたデータをどのように分析するのか
例えば、大学生のストレスと援助要請行動の関連を調べる量的研究であれば、次のような内容を記載します。
・どのような大学生を何人程度対象とするのか
・どの心理尺度を使用するのか
・質問紙をどのように配布し、回収するのか
・相関分析や重回帰分析など、どのような分析を行うのか
一方、特定の経験をした人が、その経験をどのように意味付けているのかを明らかにする質的研究であれば、インタビューの対象者、質問内容、面接方法、逐語録の作成方法、質的データの分析方法などを記載します。
方法を書く上で重要なのは、研究目的と研究方法が一致していることです。
何を明らかにしたいのかが決まらなければ、どのようなデータを集めるべきかも、どの分析方法を用いるべきかも決まりません。
そのため、研究目的を書いた段階で、自分の研究が主として量的研究なのか、質的研究なのか、あるいは両者を組み合わせた研究なのかを、ある程度明確にしておく必要があります。
研究方法は、先に使いたい分析手法を決めてから考えるものではありません。
まず研究目的があり、その目的を達成するために必要な方法を選択します。
引用文献・参考文献には何を書くのか
引用文献・参考文献の作成は、研究計画書の中でも意外と手間がかかる部分です。
本文中で論文や書籍の内容を引用した場合には、その文献の詳しい情報を、研究計画書の末尾に記載します。
心理学系の研究計画書では、APAスタイルに準じた形式が指定されることが多くあります。
ただし、大学院、研究科、学会によって細かな記載方法が異なる場合があるため、必ず志望校の募集要項や指定書式を確認してください。
心理学分野では、APAスタイルに準じた引用方法が広く使用されています。そのため、心理学系の研究計画書で引用文献の形式が大きく崩れていると、「心理学の論文をこれまであまり読んでいないのではないか」「研究論文の基本的な形式を理解していないのではないか」という印象を与える可能性があります。
参考文献の書式は、単なる見た目の問題ではありません。
どの文献を根拠に文章を書いたのかを明確にし、読者が元の文献を確認できるようにするための、研究上の重要なルールです。
また、本文中で引用していない文献を参考文献一覧に大量に並べたり、本文中で引用した文献が一覧に掲載されていなかったりすることがないよう、提出前に必ず確認しましょう。
研究計画書は「研究ができるか」を示す書類
研究計画書は、知識の量だけを示すための書類ではありません。
受験者が、先行研究を読み、研究上の課題を見つけ、その課題を検討するための方法を考えられるかどうかを示す書類です。
つまり、研究計画書を通して確認されているのは、主に次のような点です。
・研究テーマを学術的な問いとして整理できているか
・先行研究を正確に理解できているか
・先行研究で明らかになっていない点を示せているか
・研究目的と研究方法が対応しているか
・実際に実施できる研究計画になっているか
・研究の基本的なルールを理解しているか
自分自身の経験や問題意識は、研究テーマを考える重要な出発点になります。
しかし、それを研究計画書にするためには、先行研究を読み、個人的な疑問を学術的な問いに変換し、検証可能な研究方法を組み立てなければなりません。
この変換ができているかどうかが、研究計画書と「お気持ち表明文」を分ける大きな境界線です。
研究計画書の詳しい書き方を知りたい方へ
本記事では、研究計画書とはどのような書類なのか、その基本的な構成について解説しました。
実際に研究計画書を書く際には、研究テーマの設定、先行研究の検索、問題と目的の組み立て、仮説の設定、対象者数の検討、分析方法の選択など、さらに多くの作業が必要になります。
研究計画書の具体的な書き方については、以下の記事で、作成の手順をより詳しく解説しています。
研究計画書は、最初から完璧に書けるものではありません。
先行研究を読み、書き、修正し、もう一度文献に戻るという作業を繰り返しながら、少しずつ研究としての形が整っていきます。
大学院受験に向けて、皆さんの勉強が実を結ぶことを願っています。



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